高橋真先生

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先ほどのお話の続きでもありますが、一つのものを極めると、他のものもより深くみえるようになるんですよね。そうなって初めて、今まで学んで来た知識の全体像が見え、自分で体系化できるときがくる。どこまでそれができるかどうかは本人次第という面は当然ありますが。自分の体と頭をつかって専門的な分野を学んでいくと「たった一つの分野を極めようとするだけでも、これだけたくさんのことをマスターしないと、考えないと現実には役に立たないんだな
ということを実感すると思います。人生においてそうした経験をもつことは、後々の人生を豊かに生きるために非常に重要な糧になると思います。
大学というのは、ある種の専門性を極める入口です。深く広い世界をみていこうとすれば、まずはその入口に入ってみることです。そしてそこからどこまで広く深い世界をみれるかどうかは、熱意と探求心がどこまで続くかということになります。大学の4年でそれを達成しようとしても、時間が足りなすぎます。しかし、大学の最大のメリットは、科学的探求において自由な環境があるということです。社会に出てしまえば、なかなかそういう機会は得られません。受験生の皆さんには、漫然と「よい大学」や「地元だから」を理由に進むという受け身ではなくて、ぜひ自分はこれをやりたいという目標・ビジョンをもって大学にきて欲しいですね。良き友との出会い、良き師との出会いというのも、自分がどのような目標・ビジョンを持っているかで変わると思います。もう少し砕けた言い方をすれば、大学は‘類友の法則’が今までより強くでる環境だということです。よくも悪くもです。大学を選ぶ、学科やコースを選ぶ、研究室を選ぶ、その選択ごとにそれが強くでるのです。本当に好きなものをつかむには、頭だけでなくて、センスも必要だと思います。とにかく積極的にチャレンジして、大学進学をより深く自分が何をやりたいのか知り、成長させる機会にしてほしいと思います。

■今在学中の学生さんに一言お願いします。

最近の学生は・・・みたいなことは、あまり言わないようにしたいのですが、少しだけ気になることがあります。それは1回生のときはともかく、2年・3年と過ぎるにしたがって、なんとなく熱意を失ってしまう学生さんが増えているようにみえることです。大学というのは、与えられるのを待つところではないんですね。先の受験生へのメッセージにもつながるわけですが、自分から積極的に行動をおこしていかないと、学ぼうとしていかないと、勉学においても、課外活動や日常生活においても、当然つまらなくなってしまいます。また、大学の教科も、先生のいうことも、レベルが高くなればなるほど、‘よく噛んで’みないとその面白みが分からないことも増えてくるわけです。もちろん、自分の好きじゃないことは、他人から‘よく噛め’と言われても嫌でしょう。それはよくわかります(笑)。だから極論してしまうと、そういうものは多少放り投げたっていい。単位をとらないと卒業できない、という現実的な問題は別にあるわけですが、それだって、実は本来の目的からすれば‘二の次’なのです。本来の目的は自分の好きなこと・やりたいことを見つけて、そこに集中して何かをつかむこと、です。そのためには大学を4年で卒業するなんていうことも、実は二の次だと、思ってもいい。実際に私は大学の学部時代を4年ではなく5年やりました。それには色々な理由があるのですが、やはり一つは自分がやりたいことをやりたくて、研究室を選んだから、です。第一希望の研究室にしか行きたくなかった。これは私だけでなく、そうやって一見、周り道をしてでもやりたいことをやった人の方が、高いモチベーションを維持でき、大学生活や卒業後も豊かに生きている人が多いと思います。もし実際に大学に来たものの、自分の好きなことが見つからないというなら、そしてその他のことに関心があるなら、そっちの道に進むべきだとも思っています。これは教員としてではなく、一人の大人としての意見です。しかし、大学に進学したときは、きっと皆さん向学心があったはずですから、まずは受け身ではなく、積極的に好きと思えるものに取り組んでほしいですね。
そして、二回生のうちになるべく興味ある分野の先生や先輩とコミュニケーションをしていただきたいなと思います。普段無口でとっつきにくそうな先生や先輩でも、自分のやっていることや教えていることに興味がある学生には、必ず親身になって相談にのり、いろんなことを教えてくれると思います。これも類友の法則です。ですから、興味のある研究室があれば、ぜひ先生や先輩にコンタクトして、訪問してください。これは非常に重要です。もちろん会って、話して、やってみて、それからどうも思っていたことと違うということはあるかもしれませんが、それも大学にいる間であれば、やり直しは可能です。経済的問題の解決法も、いくつかありますし、考え方や対処の仕方でなんとかなる部分もあるでしょう。そういう時にしかるべき人や窓口に相談するという積極性も大切です。そして、自分の好きなことを見つけて、そこに集中して、何かをつかみかけたならば、是非、大学院に進学して自らの力でサイエンスの先端を切り開く力をつけていただきたいと思います。

■先生が今後、このコースや授業で注目してほしいところや目標を教えてください。個人的なお考えでも結構です。

愛媛大学の環境保全学コースでしか出来ないような研究というのが、それぞれの研究室にあります。私がここで全部を紹介することは難しいので、学生さんには、それを見極めてほしいですね。積極的にコースの説明会に参加したり、関係の書籍や論文(とくに関心のある先生が書いたもの)で勉強したり、情報収集、コミュニケーションをとって見極めてほしい。
コース全体の目標としては、やはり初めに申し上げたように持続的な社会の構築っていうのがあると思います。環境保全は持続的な社会構築の大前提、基盤ですから。
21世紀における環境や人間社会の持続可能性を考えれば、現在私たちが抱えて環境や資源の問題は非常に深刻で複雑です。授業ではとくに以下のような図で、私たちが抱えている三すくみの問題、‘トリレンマ’について説明します。

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環境と食糧と資源エネルギー。これ実は農学部の全ての分野をカバーするものなんですけど、大きくこの三つの課題ってのが21世紀の課題なんですね。そしてそれぞれの課題が実は三すくみになっています。ジレンマって言葉ありますよね。AをたてるとBがたたず、BをたてるとAたたず。トリレンマってのは三つの関係でABCのどれか一つをたてると、他のどれかがなりたたない。例えば人口増加に対応して食糧の増産を目指すと、そのための肥料やエネルギーが必要になります。これが資源エネルギーの枯渇を加速させる。あるいは大量の化学肥料や農薬の利用によって環境を悪化させてしまう。その結果、食糧の増産に限界が生じて、人口増加に対応できない、などの状況があるわけです。
地球温暖化や資源枯渇、食糧の安全性確保、生態系の保全など、どの面からみても、これらの課題は互いに絡み合っていて、どれも人類の将来にとって非常に重要なんだけど、どこかの課題だけ解決すれば、うまいこといくということはないわけです。
成長の限界という言葉で語られることもありますね。
ある試算では、日本人と同じような生活を世界中の人がやったら地球が2.3個必要だと。アメリカ人と同じことをしたら地球が5個必要だと、いわれてます。そして、今や途上国の人達も日本やアメリカやシンガポールのような生活をしたい。こうした状況をどう民主的に解決していくのか、どのような解決策がありうるのか、非常に大きなパラダイムシフトを要求されているわけです。
何か新たな環境技術ができればポンと解決するものではない。もちろん新たな技術や科学的発見が重要だとしても、上記のようなトリレンマが見えているかいないかで、本当に必要なもの、解決すべきポイントがどこか、発想や思考が異なってくると思います。とくにグローバルにみたときに。我々の生活自体がグローバル化してますから、すべての人に責任がある事柄なんです。
個人的には、世界はグローバル化した方がいい部分と、むしろグローバル化せずに、地域ごとにまとまって、エネルギーや食糧の自給率をあげ、自律的な経済システムを作って、持続可能社会を作る部分が必要だと思っています。両方のアプローチが必要なのですが、今はどちらかというとグローバル化の悪い面が、環境や経済面に現れている。これまでの‘古い’スキームから、抜け出せずにいるわけです。
日本というのは、自然環境と調和した伝統・風土を持ち、技術力に優れた先進工業国であると同時に、過去の深刻な公害問題に学んできた国ですから、これから世界のなかで、以上のような複雑かつ深刻な課題を解決するためのある種のモデルや方法論を生み出す、そうした使命があるだろうと思っています。
今後、日本において成熟した環境調和型の社会システムや技術、文化やライフスタイルなどを生み出すことができれば、きっと他の国々にとっても参考になるし、役に立つと思います。このコースの教育・研究活動においても、各研究者や研究分野の一つ一つの経験・成果が結びついて21世紀のトリレンマの解決に向かうことが大きな目標になると思っています。